ソプラノボイスの先輩ナース

かつて仕事をしていた大学病院に、とても目新しくて言葉を交わしたら記憶に残る先輩の看護婦がいました。その先輩の女性は
40歳過ぎの未婚の女性。ちぢれ毛がとても強く、髪をどうにかしても凄みがあり、遠方からシルエットを見るだけでも、たちまち
その人に間違いないと悟ります。声は裏声みたくソフラノのような声で、声が飛びまくるので、距離を隔てていてもいる場所がわかります。その人は8年前に
私と同時に途中採用の考査を受けていました。中途の募集はちょこちょこありたまたまその時は小生と
その看護士だけでした。筆記試験の日、Tableを対にして筆記テストを受験していたのですが、先輩は当初は平静に受験していたのに
あるタイミングからなにやら独り言を述べるようになり、その場にいる試験官から何度となく警告を受けていました。当方もはじめのうちは気にしていたのですが、
半ばをなってくると好奇心がなくなり、「ほう、今この人はその課題を解いているんだ。あ、ここの問題で迷っているんだ。」などと考えるようになりました。
最初に会ったその当日に気さくに飲みにいざなわれその通りのお食事どころに入りました。その看護士の会話は
終わらず、大部分その看護婦が語って打ち上げました。しょっぱなの心象からたいへん変わった看護士でした。採用試験も
つつがなく互いに受かり、三ヵ月後の出初の日に今また出交わしました。そんときにその看護婦の沿革を知り、以前からICU,CCUの専門看護師をしていたことを認知し、一見他の看護士とは別の持ち味のある人ではあるが、その人に注意を引かれるような気持ちを
持っている自分に気が付きました。研修期間が済んで共に心疾患集中治療室でお勤めするようになり、その人の能力が遂行され、尊敬する
事態が多く認められるようになりました。はなからその集中管理病棟に勤務していた従事者よりも作業が早く、実力もあるので、
引けをとっていた自分の指導役を進んで請け負うてくれました。ましてや、その部署の看護師達はむくれていますが、その看護士に口でへこませるような人は
おられないので、その人はがっつり自由気ままに従事していました。その看護士は看護師だけど、熟練者や経験者並み、いやいや
もっと才気が十分であり、新米の先生へ鍛えているシーンも見受けるようになったんだよね。
人格が濃すぎるので、その場内にその仲間を解しようとする人はほとんどなく、大いに場の空気にそぐわない人でしたが、その看護婦は
自分の流儀は変えるつもりはないと常々その仲間の手段というのを貫いていました。病人たちや周囲を気遣っての健康指導であっても患者からは
無遠慮すぎる看護婦がいる、無礼である、とかいうような咎めも告げられることがあるみたいでした。周りのナースもそのナースに付き合いきれないのに、
患者さんの家族はなお勘弁してくださいという感じです。そういう訳合いから代表者や病棟主任から声がかかることもしょっちゅうでしたが、先輩の作業に対するスキルや真剣さは他の看護士よりも大迫力で、知らぬ間にあたいの他の誰よりも崇拝できる
方に変容していました。

特殊な年上の看護師

前に就職していた大学病院に、かなり特殊で一見すれば忘れない年上の看護士がいやがってですね。その職場仲間は
40代後半の非婚女性。もじゃもじゃ頭がとても強く、髪をくびっても凄みがあり、遠方からその異様な光景を見つけるだけでも、一瞬に
その人とすぐに分かります。声は声優見たくソフラノのような声で、声がよく聞こえるので、距離を隔てていてもいる場所が判明します。その女性は5年前に
私と同時期に中途応募の筆記試験を受けていました。採用考査はちょこちょこあり計らずもその試験日はうちと
その看護婦だけでした。選考当日、机を向かわせて考査を受けていたのですが、その人は立ち上がりは静かに行っていたのに
どこかのタイミングからひとりごとをつぶやくようになり、検査官のひとりから度々注意をされていました。私としても初めは気をそそられていたのですが、
中盤を目前になると気にならなくなり、「なるほどなるほど、今この女性はそこをやっているんだ。あ、ここで苦慮しているんだ。」などと思えるように変化してきました。
最初に会った折に何なくお茶にうながされ近所の喫茶店に行ってみました。

地元に根付いた老舗の雰囲気漂うカフェで、今思えばそれなりに有名店だったみたいですね。

その女性のお話は
終わらず、あらかたその看護士が話して閉じました。初めのイメージから大変変わった先輩でした。テストも
滞りなくおたがいに採用となり、数か月後の入社式の当日に再び会いました。そんときにその女性のキャリアを聞き、昔から集中管理病棟のナースをやってきたことなどを知ることになって、一見他の看護婦とは違った性格の人ではあるが、その同僚に注目したくなるような思いを
有する自分に気が付きました。3ヶ月の試用期間が終わって双方ともにICUで奉仕するようになり、その看護士の能力がものすごく発揮され、尊敬に値する
能力がしきりにわかるようになってきちゃったんです。ずっとその救急治療室で労務していた看護士たちよりも仕事が丁寧で、能力があるので、
遅れていたわたしの加勢を全力でしてくれました。無論、その病院の従事者たちはむくれていますが、その方に口でへこませるような人は
おらず、その看護士は満足のいくまで好きに務めていました。

ただただ口だけで対抗するなら他にもいたと思いますが、実力を兼ね備えて対抗できる人が皆無と言えたと思います。

その看護婦はルーキーだけど、熟練者や薬学者並み、いやいや
もっと智恵が豊富であり、新米のドクターへ指図しているシチュエーションも見るようになったんだよね。
気質が強力なので、ナースステーション内にその看護師を理解する人はわずかで、ずいぶん違和感のある存在でしたが、その看護師は
自分の姿勢は修正するつもりはないとたいていその看護士の仕様というのを突き通していました。クランケや周りの人を気遣っての患者指導であっても、患者自身からは
強引過ぎる人がいる、強気すぎる、などというような非難も耳に入ることがあったようでした。周りの看護士もその看護師に理解できないのに、
患者さんはなお一層うんざりです。そんな訳合いから病院長やチーフから注意を受けることもしょっちゅうありましたが、その人の作業に臨んでの技術や実直さは人一倍強烈で、気がついたら私自身の最も感服する
方に達していました。

知る人ぞ知る病院

千葉の知る人ぞ知る病院に大学院1年の頃、3週間入院期間のことです。この病院の看護師さんの配慮、気遣いにありがとうと伝えたいです。人生初めての
大きな病気でした。困難な手術なんかじゃなかったし、泊まる時間もそれほど長くない。今までも行動力のある人間だったので、自身の力でひと通りのことは可能だし、
入院など全然大変ではないと問題無いと見込んでいました。けれども、心許せる人が存在しない町での闘病生活は、
悲しい思いを見つけてしまうことが何度もありました同日に手術を受けていた人より術後の腫れが酷かったり、食べるペースが同室の患者さんよりのんびり過ぎて、
食事の終わり時間に食べきれなかったり、周りの人達の知り合いの多さを知ってショックを受けたりそれまで想像していたより生活に泣きたくなってしまう出来事がありました。手術前は大丈夫だと思っていたのに、
お見舞客も少ないし、思ったとおりに動かない自分の体に泣いてしまうことがありました。術後1週間時間が流れたあたりに、頭痛のせいで体の向きを変えられず、ひどい腰痛に
イライラしていました。ついに看護師さんにシップを貼ってもらおうと思ったのですが、彼が会いに来てくれていたのを看護師さんが見てくださって「貼ってもらっちゃおうか。」と言ってくれました。
思いもよらなかった思いつきに驚きましたが、今考えるとありがたい話でした。彼は多忙でまめに来ることも出来なかったので、二人でいられる時間がちょっとでも多く
過ごすことができていい思い出になりました。テキパキなんでも面倒を見ていただけるのも嬉しいですが、あの時のように素晴らしい対応のおかげ手術してから感じていた辛さが
感じづらくなりました。今まで病気とは無縁だったので、入院生活のなかでどこまで自由にして良いのか分かることができず、どんな風に聞けばいいのか不安に思いました。けれどあれからは、心配事について小さな疑問も

疑問が解決できるようになって、辛さを感じる日が減少しました。入浴できるのは原則的に月・水・金曜日と決まっていましたが、お風呂に入りたい人が減った時は利用日でない日も
入浴するかしないか随時聞いてくださいました。汗をよくかくので売店にも行けずに単調な入院生活の中でリフレッシュすることが出来ました。嬉しいことに退院のタイミングにあわせて清潔になれる日を変えられるようにしてもらえました。
ナースステーションはいつでもあたたかで、何か問題があれば、速やかに、手厚く対応策を検討してくれました。あの病院の看護師さんはどの看護師さんに
頼っても問題なく解決法を用意して頂きました。その看護師さんも肯定的に触れ合ってくれたことが、心に残っています。体の病気の軽減も大きなことですが、
それ以上に看護師さんには心の苦痛のそれ自体を意識の外へ向けてもらいました。

ケアハウスの熟練ナース

私の父親が看てもらっているケアハウスで仕事しているベテランナースさんは、利用者にすごく丁寧で優しい思いやりのある方です。クリニックと肩書きで言っても多様なタイプの性格があります。
面倒見の良いウェット感たっぷりの大学病院もいれば物言いが誤解を招きかねない言い方でキビキビ言いひょうひょうとした淡々とした感じの方もいます。
もちろんそれぞれの個性があるのは、当然のことだと思いますが、自分はズケズケと冷たい言い方をする人はどうかなと思うので相手のことを考えながら話してくれる市立病院の方がいいです。
小山外科クリニックさんのお年は60代くらいでしょうか?いつみてもにこやかで白衣の天使のがよくわかる婦長さんです。また、おおらかな笑顔で何気ない時にも細心の心配りをしてくれます。
近所のおじいさんもそうなのですが福祉施では寝てるばかりの呼びかけにも応じない入居者が多いと聞きますが、その介護士さんは気長に話をかけて反応を見ながらお世話をしてくれます。
ベテランナースお口の洗浄をする日課の際にも「お口の中を見せてただいてもよろしいでしょうか?」年上の父にクリニック大きな声で愉快な語調で言ってくれます。
それから母が大学病院促されたことを理解してぱっと口をあけたわけでもできるだけ口の中を見せることができたというわけでもないのにそれにも拘わらず
市立病院「口を大きく開けたままにしていただき有難かったですと認めてくれます。
例えばそんなキャッチボールが小山外科クリニック他人から見れば小さなことが孫としては有り難いのです。
クリニック反応はなくても、私の両親をまだ大丈夫な人としてみなした面倒を見てくれるAさんい全身からベテランナースに感謝感謝が沸き起こります。

それだけではなくそのベテランナース看護師さんに対しては「私たち家族が母親のそばにいるからやっているのだ」といういやな感情、疑心のような心もとなさはうかんでくるないです
クリニックいやな不信感がないので全開で行ける大学病院という感覚でしょうか?
その介護士さんは表だけではなく関わってくれていると見て取れるので息子としては市立病院助けられます。
しかも小山外科クリニック素晴らしいことはクリニックの担当外のベテランナースに接しても指導のよくないところステップアップした方がふさわしい点については
良い方面へ導いてくれます。
現実的に彼のいる時にも感じたことをクリニックその他の介護職員に話をとおしてくれていましたし看護師のAさんが母の
病棟に来てから何点か上がっていきました。
私ら一家としては大学病院もうずっと引っかかってはいたものの「うるさい家族だ」と有名になるのもお互いいいことがないので長いこと躊躇して
届けられずにいたことが良くなったことを知りめっちゃ助かると思いました。市立病院ひとりぼっちの介護士さんに許容できることにはいう必要もなく小山外科クリニックに限界があるでしょう。
クリニックしかし、一個人の彼女のしたことはまったく些細なことではないという事実をベテランナースを通して思い出しました。

独特のパーマが迫力ある看護師

少し前に勤めていた大学病院に、まことに一風変わっていて目を合わせたら憶えている先輩看護士がいたんです。

その同僚であり先輩のひとは30代後半の非婚女性。独特のパーマが大変ひどく、髪を結んでも迫力感があり、随分離れたところからその異様な光景を見かけるだけでも、じきにその方とすぐに分かります。

声はうる星やつらみたく宇多田ひかるのような声で、声がよく響き渡るので、遠く離れていてもあそこにいるのだなと判明します。

その方は数年前に私と時期をたがわずに中途応募のテストを受けました。

試験はしばしばしてて、計らずもその採用試験日は自分とその方だけでした。

選考試験当日、記入台を隣りにして採用試験を行っていたのですが、向かいの人は立ち上がりは落ち着いて受験していたのに中途からなにやら独り言をつぶやくようになり、そこにいる監視員からしばしばチェックを言われていました。

わたしもはじまってすぐのころは気を引かれていたのですが、ラストになってくると気にならなくなり、「あ、今この看護婦はここの問題を解答しているんだ。あ、その課題で戸惑っているんだ。」などど窺うように変わりました。
初めて巡り合ったその時に何なく昼ごはんに誘われて近隣の屋根裏カフェに赴きました。

彼女のお話はやむことはなく、大体その看護士が口を開いて終わりました。

一番目の印象からしてかなり変わった人でした。

テストも問題なしで二人とも採用となり、二ヵ月後の入社日にまたもや集いました。

その当日先輩のキャリアを聞き、しばらく内科系集中治療室の看護婦をやってきたことなどを聞かされて、表面的には他人とはぜんぜんちゃう特色のある人ではあるが、その看護士に探究心を有するようになりました。

1週間の研修期間が終えておたがいに同じ配属先で勤務するようになり、その仲間の才腕が示され、敬意を抱く仕事の進め方がしきりにみることに達してきました。

もともとその救急治療室で長年勤務していた看護士よりも仕事が早く、手腕を持っているので、あたふたしていたわたしの指導役を進んで引き受けてくれました。

もちろん、その病院の皆は機嫌が良くないですが、その先輩に反対を唱える人はおりませんでしたので、その女性は納得いくまで自由気ままに作業をしていました。

その看護師は看護師だけど、整形外科医や薬理学者並み、いいえもっと智恵が富んでおり、ひよっ子の医師へ指導する現場も見るようになってきました。
気立てがどぎついので、勤務部署内にその看護師を理解する人はまったくといっていいほど居なくて、非常に孤立した感じでしたが、彼女は自分の手口は改めるつもりはないとしょっちゅうその看護士の仕様というのを貫き通していました。

患者さんや周りの人を思っての入院指導であってもそのご家族からはずうずうしすぎる看護人がいる、攻撃的である、といったような問責も言われてしまうことがありました。

他の看護婦もその看護婦に付き合いきれないのに、患者さんの家族の方々はよりちょっとまって、という感じです。

こういった事わけから上司や部長から注意するように言われることも途絶えませんでしたが、その看護士の任務に臨んでの腕前や意欲は他の誰よりも迫力満点で、知らず知らずにわたくしの最も感服する憧れの人になっていました。

京都の病院に入院した際のこと

京都の中くらいの病院に大学院1年の頃、3週間入院した際のことです。あの病院にいた看護師さんの思いやりに感謝したいです。

人生初めての入院生活の始まりでした。恐がるようなオペではないし入院が必要な期間もあっという間だ。これまで成人していたし、私だけでもある程度のことはできるし、たかが入院生活なんてさして辛くないだろうと軽々しく捉えていました。けれども、友人が全く居ない環境での入院生活は、小さな不快感を感じ取ってしまうことがそこそこありました同じタイミングで手術を受けた患者さんより術後の症状が悪かったり、食べる早さがいつもより遅くて、配膳カートが帰ってしまう時間までに完食できなかったり、他の人達の気にかけてくれる人の多さを見てショックを受けたりそれまで想像していたよりちょっとした事に辛さを覚えるタイミングが多くありました。入院したばかりだったのに、暇だし、思い通りに動けない重い体に泣いてしまうことがありました。入院開始から3、4日経過した頃、胸が痛くて体が動かぜず、つらい肩の痛みに腹が立っていました。看護師さんの手で貼り薬で和らげてもらおうと思ったのですが、付き合い始めの彼が偶然そこに居たのを看護師さんが知って、「彼に頼んでもいいかな。」と持ちかけてくれました。
想像していなかった勧めにうろたえてしまいましたが、今考えると気の利いた助言でした。彼の家は遠くたくさん会いに来るのも難しかったので、一緒にいられる時間が僅かな間でも、確保できて幸せに感じました。丁寧にお世話していただけるのも嬉しいですが、あの出来事のように優しい気づきによって入院後から感じていた辛さが
いつのまにか忘れていました。それまで入院には縁がなかったので、入院している最中はどこまで自由にして良いのか理解できず、どこまで聞いていいのかわからず不安でした。それからの日々は、治療についていろいろな疑問が解決できるようになって、不安を覚えることが全然なくなりました。お風呂のルールはもともと3日に一回と決まっていましたが、入院している人が少ない時は利用日でない時も入浴するかしないかよく確認してくれました。寒い季節だったのでとくにすることもなく退屈な日は憂さ晴らしにもなりました。看護師さんのおかげで外出に合わせて髪を洗う日を動かせるようにしてもらいました。
ナースステーションは誰がいる時でも居心地の良い雰囲気で、問題が発生した時は、迅速に、前向きに対応していただきました。入院していた病院の看護師さんは誰がということなく頼ってもパーフェクトな応対で解決なさってくれました。いつでも優しい表情で関わってくれたことが、思い出です。身体的な問題の世話ももちろんですが、他の何よりも看護師さんにはなれない入院の苦痛の緩和をしていただきました。

幼馴染が働いている診療所

幼なじみが診療所に行くことになったときの話です。

看護学校を卒業したばかりの看護師さんが頑張っている職場でしたが、母は何人かの准看護師の心づかいが丁寧なことにすごいうれしくなりました。
良く行くクリニックでもけっこう見かけてしまいますが女性の病気で病院へ来ている人にまるで自分が年上のような適当な敬語で言っている幼い看護師がいて少し気をそらしていました。
敬う感じではなくご近所さんのように話すわけは「かしこまり過ぎすぎると無愛想な感じにとられるかあるいは、「ざっくばらんな言い方のほうが親しみが湧くから」などの感情を持ってもらえるのだと嗅ぎ取ることができます。だけど、その年若い看護師が丁寧形で接しているのを伺ってても、しかつめらしくなく、たいへんナチュラルで愉快なのです。
宮城県もです。手厚い物言いは全然マイナスではないと感じます。

今時、救急看護のことを「仙台市」と呼ぶようになった施設がどんどん増えています。

「宮城県」と呼ぶと、次に言う表現が砕けた感じではバラバラな感じで、にもましてや厳しい言い方は然るべきではありません。その後ろ側に続いていく言葉が必ず店長になります。

敬語で話すということは自分と相手の繋がりを自分自身にも先方にも反映することになるので相手の気持ちにも左右してそちらを敬う気持ちが生ずるのだと感じます。

あべこべに、「周りを気遣う気持ちが、敬語を使うのでは」と思うのは自分だけでしょうか。

その看護師をほんどにステキだと思ったことがあります。仙台市は救急です。
私の幼なじみとおんなじところの年を取った患者が便をしたのでパンツを替えてくださいと看護師が来る手配をしました。救急看護です。
午前のシフトから午後のシフトに入れ替わる時間帯が迫る頃でしたので、時期で見れば看護師さんたちはみんながザワザワと煩雑に動き回っている時間帯です。

心遣いが心地よい看護師

同僚が整形外科に足を運んだときの話です。

仕事ができそうな保健師さんが数名いるようなところでしたが、姉はある看護師さんの心づかいが丁寧であることにすごく良い印象を受けました。
良く行くクリニックでもごくまれにありましたが年配の病気で病院へ来ている人に友達のような言い方でトークをしているどうなのかなという看護師がいてたまに気をそらしていました。
丁寧な言葉ではなく、知人のように声をかける理由は「敬語にすると水臭い感じに受け取られるかあるいは、かしこまりすぎない言い方方が親交しやすい雰囲気がでるから」などの気分があるのだと
しかし、そんな若輩な保健師さんが丁寧に会話しているのを目にしても、しかつめらしくなく、よほど生のままで快適なのです。
丁重な言いようは全くマイナスではないと思います。

つい最近、患者さんのことを「患者様」と呼び合うようになった大学病院が多くなっているみたいです。
「患者様」と呼ぶことで、その後を継ぐ言葉が砕けた言葉ではなんだかおかしくもちろん厳しい方言は適していません。

それから繋がる表現が自然に丁重になります。
丁寧語を使うということは人々と人々との結びつきを私にも相手側にも映すことになるので相手側の気持ちにも作用してあちらを敬うきもちが浮かぶのだと感じます。
反対に、「人を敬う心が、丁寧な言葉遣いになるのでは」と思えてしまいます。その若い助産師を実に輝かしいと思った騒動があります。
私の母と隣りのベッドの年配の患者が便をもようしたのでオムツを交換してほしいと看護師に連絡を入れました。
早番の担当から中番の担当にバトンタッチする時間がザワザワしている頃でしたから、その瞬間として看護師さんたちはそれぞれがザワザワと慌ただしそうに動いている時間です。

看護師さんは絶対必要なので再度研修制度を作って下さい

夜勤の勤務の看護師さんは懐中電灯を持って入院患者の病室へ行って様子を見て詰め所に戻ります。

病室の扉を静かに開けて中を見て終わりだと思うのですが、その見回りの時間が1時間に1回なのか30分に1回なのかその病院によります。

しかし寝れない人もいてちょっと開けたら起きてしまった、などと言う患者さんもいると聞いた事があります。

それに毎日午前2時や3時まで起きている場合、消灯が21時だとしたら寝られない人もいるみたいですね。

その場合詰め所に催眠導入薬を貰いにいったりするという所もあります。

もっと消灯時間を遅くして、テレビを見る時間も遅くしてくれたら良いのにと思ってしまいます。

しかし消灯時間は看護師が決めるのではなく病院側が決めるので、看護師さんに言っても駄目なのは判っているのですが。

消灯時間は駄目だと思っていてもこれだけは辞めてほしいのがあります。

薬を間違ってくれたら困るのでそれは辞めてほしい、後点滴などを消毒液と間違えないで欲しい。

そう言う医療事故を起こさないで欲しいと言う事です。

間違いがあったら死んでしまいますから、そう言う事は絶対にして欲しくないと思うのです。

医療の現場と言うのはいろいろな人が出たり入ったりで私は向いていないなと思うのです。

それに例えば産婦人科の看護師と脳神経外科の看護師さんは知っている事が違うのかも、それであればずっとその科で仕事をしていくことになりますね。

それなら結婚して子供を生んで、又看護師を病院ではなく開業医でパート勤めをするとしたら、再度研修制度みたいなものがあればやり易いのではないかと素人ながら考える訳です。

効率よく仕事をする看護師の話

私が一緒に働いていた看護師の中で、この人は本当にすごいと思った人がいます。

その人がすごいと思っているのは、まずなんといっても、効率よく働くことが出来るのです。その様に働きたいと思っていても、その事を忘れてしまって働くことができず、だらだらと働いてしまうと言うことがあったので、その看護師の仕事ぶりを参考にして働くことにしました。
そしてどのようにしたら、効率よく働くことが出来るのか、観察をしてみたのです。

すると、その人の動きをみることによって、仕事の流れを本当によく考えて動くことができているなと思ったのです。
まず、優先順位を素早く察知できると言うことです。

その仕事の中で、自分が今しなければならないことを、瞬時に判断して、素早く動くことが出来ているのでした。
その動きを見た時、それは長年の積み重ねによって、その様に動けるようになったのだろうなと思ったことでした。

すぐにその様にして欲しいと言われても、無理だと感じたのです。
そのため、その人の努力をつくづく感じたことでした。
また、優先順位をつけて働いていて、時間が余ると、ほかのことをすぐに決めて行動に移すことができると言うこともわかったのです。
そのため、限られた時間を本当に有効活用して、働くことによって、効率よく働くことができると言うことが分かりました。
そのことがわかったので、これからは私も優先順位を決めて、効率よく動いて、時間を大切に働いて行こうと思っています。