ケアハウスの熟練ナース

私の父親が看てもらっているケアハウスで仕事しているベテランナースさんは、利用者にすごく丁寧で優しい思いやりのある方です。クリニックと肩書きで言っても多様なタイプの性格があります。
面倒見の良いウェット感たっぷりの大学病院もいれば物言いが誤解を招きかねない言い方でキビキビ言いひょうひょうとした淡々とした感じの方もいます。
もちろんそれぞれの個性があるのは、当然のことだと思いますが、自分はズケズケと冷たい言い方をする人はどうかなと思うので相手のことを考えながら話してくれる市立病院の方がいいです。
小山外科クリニックさんのお年は60代くらいでしょうか?いつみてもにこやかで白衣の天使のがよくわかる婦長さんです。また、おおらかな笑顔で何気ない時にも細心の心配りをしてくれます。
近所のおじいさんもそうなのですが福祉施では寝てるばかりの呼びかけにも応じない入居者が多いと聞きますが、その介護士さんは気長に話をかけて反応を見ながらお世話をしてくれます。
ベテランナースお口の洗浄をする日課の際にも「お口の中を見せてただいてもよろしいでしょうか?」年上の父にクリニック大きな声で愉快な語調で言ってくれます。
それから母が大学病院促されたことを理解してぱっと口をあけたわけでもできるだけ口の中を見せることができたというわけでもないのにそれにも拘わらず
市立病院「口を大きく開けたままにしていただき有難かったですと認めてくれます。
例えばそんなキャッチボールが小山外科クリニック他人から見れば小さなことが孫としては有り難いのです。
クリニック反応はなくても、私の両親をまだ大丈夫な人としてみなした面倒を見てくれるAさんい全身からベテランナースに感謝感謝が沸き起こります。

それだけではなくそのベテランナース看護師さんに対しては「私たち家族が母親のそばにいるからやっているのだ」といういやな感情、疑心のような心もとなさはうかんでくるないです
クリニックいやな不信感がないので全開で行ける大学病院という感覚でしょうか?
その介護士さんは表だけではなく関わってくれていると見て取れるので息子としては市立病院助けられます。
しかも小山外科クリニック素晴らしいことはクリニックの担当外のベテランナースに接しても指導のよくないところステップアップした方がふさわしい点については
良い方面へ導いてくれます。
現実的に彼のいる時にも感じたことをクリニックその他の介護職員に話をとおしてくれていましたし看護師のAさんが母の
病棟に来てから何点か上がっていきました。
私ら一家としては大学病院もうずっと引っかかってはいたものの「うるさい家族だ」と有名になるのもお互いいいことがないので長いこと躊躇して
届けられずにいたことが良くなったことを知りめっちゃ助かると思いました。市立病院ひとりぼっちの介護士さんに許容できることにはいう必要もなく小山外科クリニックに限界があるでしょう。
クリニックしかし、一個人の彼女のしたことはまったく些細なことではないという事実をベテランナースを通して思い出しました。

独特のパーマが迫力ある看護師

少し前に勤めていた大学病院に、まことに一風変わっていて目を合わせたら憶えている先輩看護士がいたんです。

その同僚であり先輩のひとは30代後半の非婚女性。独特のパーマが大変ひどく、髪を結んでも迫力感があり、随分離れたところからその異様な光景を見かけるだけでも、じきにその方とすぐに分かります。

声はうる星やつらみたく宇多田ひかるのような声で、声がよく響き渡るので、遠く離れていてもあそこにいるのだなと判明します。

その方は数年前に私と時期をたがわずに中途応募のテストを受けました。

試験はしばしばしてて、計らずもその採用試験日は自分とその方だけでした。

選考試験当日、記入台を隣りにして採用試験を行っていたのですが、向かいの人は立ち上がりは落ち着いて受験していたのに中途からなにやら独り言をつぶやくようになり、そこにいる監視員からしばしばチェックを言われていました。

わたしもはじまってすぐのころは気を引かれていたのですが、ラストになってくると気にならなくなり、「あ、今この看護婦はここの問題を解答しているんだ。あ、その課題で戸惑っているんだ。」などど窺うように変わりました。
初めて巡り合ったその時に何なく昼ごはんに誘われて近隣の屋根裏カフェに赴きました。

彼女のお話はやむことはなく、大体その看護士が口を開いて終わりました。

一番目の印象からしてかなり変わった人でした。

テストも問題なしで二人とも採用となり、二ヵ月後の入社日にまたもや集いました。

その当日先輩のキャリアを聞き、しばらく内科系集中治療室の看護婦をやってきたことなどを聞かされて、表面的には他人とはぜんぜんちゃう特色のある人ではあるが、その看護士に探究心を有するようになりました。

1週間の研修期間が終えておたがいに同じ配属先で勤務するようになり、その仲間の才腕が示され、敬意を抱く仕事の進め方がしきりにみることに達してきました。

もともとその救急治療室で長年勤務していた看護士よりも仕事が早く、手腕を持っているので、あたふたしていたわたしの指導役を進んで引き受けてくれました。

もちろん、その病院の皆は機嫌が良くないですが、その先輩に反対を唱える人はおりませんでしたので、その女性は納得いくまで自由気ままに作業をしていました。

その看護師は看護師だけど、整形外科医や薬理学者並み、いいえもっと智恵が富んでおり、ひよっ子の医師へ指導する現場も見るようになってきました。
気立てがどぎついので、勤務部署内にその看護師を理解する人はまったくといっていいほど居なくて、非常に孤立した感じでしたが、彼女は自分の手口は改めるつもりはないとしょっちゅうその看護士の仕様というのを貫き通していました。

患者さんや周りの人を思っての入院指導であってもそのご家族からはずうずうしすぎる看護人がいる、攻撃的である、といったような問責も言われてしまうことがありました。

他の看護婦もその看護婦に付き合いきれないのに、患者さんの家族の方々はよりちょっとまって、という感じです。

こういった事わけから上司や部長から注意するように言われることも途絶えませんでしたが、その看護士の任務に臨んでの腕前や意欲は他の誰よりも迫力満点で、知らず知らずにわたくしの最も感服する憧れの人になっていました。

京都の病院に入院した際のこと

京都の中くらいの病院に大学院1年の頃、3週間入院した際のことです。あの病院にいた看護師さんの思いやりに感謝したいです。

人生初めての入院生活の始まりでした。恐がるようなオペではないし入院が必要な期間もあっという間だ。これまで成人していたし、私だけでもある程度のことはできるし、たかが入院生活なんてさして辛くないだろうと軽々しく捉えていました。けれども、友人が全く居ない環境での入院生活は、小さな不快感を感じ取ってしまうことがそこそこありました同じタイミングで手術を受けた患者さんより術後の症状が悪かったり、食べる早さがいつもより遅くて、配膳カートが帰ってしまう時間までに完食できなかったり、他の人達の気にかけてくれる人の多さを見てショックを受けたりそれまで想像していたよりちょっとした事に辛さを覚えるタイミングが多くありました。入院したばかりだったのに、暇だし、思い通りに動けない重い体に泣いてしまうことがありました。入院開始から3、4日経過した頃、胸が痛くて体が動かぜず、つらい肩の痛みに腹が立っていました。看護師さんの手で貼り薬で和らげてもらおうと思ったのですが、付き合い始めの彼が偶然そこに居たのを看護師さんが知って、「彼に頼んでもいいかな。」と持ちかけてくれました。
想像していなかった勧めにうろたえてしまいましたが、今考えると気の利いた助言でした。彼の家は遠くたくさん会いに来るのも難しかったので、一緒にいられる時間が僅かな間でも、確保できて幸せに感じました。丁寧にお世話していただけるのも嬉しいですが、あの出来事のように優しい気づきによって入院後から感じていた辛さが
いつのまにか忘れていました。それまで入院には縁がなかったので、入院している最中はどこまで自由にして良いのか理解できず、どこまで聞いていいのかわからず不安でした。それからの日々は、治療についていろいろな疑問が解決できるようになって、不安を覚えることが全然なくなりました。お風呂のルールはもともと3日に一回と決まっていましたが、入院している人が少ない時は利用日でない時も入浴するかしないかよく確認してくれました。寒い季節だったのでとくにすることもなく退屈な日は憂さ晴らしにもなりました。看護師さんのおかげで外出に合わせて髪を洗う日を動かせるようにしてもらいました。
ナースステーションは誰がいる時でも居心地の良い雰囲気で、問題が発生した時は、迅速に、前向きに対応していただきました。入院していた病院の看護師さんは誰がということなく頼ってもパーフェクトな応対で解決なさってくれました。いつでも優しい表情で関わってくれたことが、思い出です。身体的な問題の世話ももちろんですが、他の何よりも看護師さんにはなれない入院の苦痛の緩和をしていただきました。

幼馴染が働いている診療所

幼なじみが診療所に行くことになったときの話です。

看護学校を卒業したばかりの看護師さんが頑張っている職場でしたが、母は何人かの准看護師の心づかいが丁寧なことにすごいうれしくなりました。
良く行くクリニックでもけっこう見かけてしまいますが女性の病気で病院へ来ている人にまるで自分が年上のような適当な敬語で言っている幼い看護師がいて少し気をそらしていました。
敬う感じではなくご近所さんのように話すわけは「かしこまり過ぎすぎると無愛想な感じにとられるかあるいは、「ざっくばらんな言い方のほうが親しみが湧くから」などの感情を持ってもらえるのだと嗅ぎ取ることができます。だけど、その年若い看護師が丁寧形で接しているのを伺ってても、しかつめらしくなく、たいへんナチュラルで愉快なのです。
宮城県もです。手厚い物言いは全然マイナスではないと感じます。

今時、救急看護のことを「仙台市」と呼ぶようになった施設がどんどん増えています。

「宮城県」と呼ぶと、次に言う表現が砕けた感じではバラバラな感じで、にもましてや厳しい言い方は然るべきではありません。その後ろ側に続いていく言葉が必ず店長になります。

敬語で話すということは自分と相手の繋がりを自分自身にも先方にも反映することになるので相手の気持ちにも左右してそちらを敬う気持ちが生ずるのだと感じます。

あべこべに、「周りを気遣う気持ちが、敬語を使うのでは」と思うのは自分だけでしょうか。

その看護師をほんどにステキだと思ったことがあります。仙台市は救急です。
私の幼なじみとおんなじところの年を取った患者が便をしたのでパンツを替えてくださいと看護師が来る手配をしました。救急看護です。
午前のシフトから午後のシフトに入れ替わる時間帯が迫る頃でしたので、時期で見れば看護師さんたちはみんながザワザワと煩雑に動き回っている時間帯です。

心遣いが心地よい看護師

同僚が整形外科に足を運んだときの話です。

仕事ができそうな保健師さんが数名いるようなところでしたが、姉はある看護師さんの心づかいが丁寧であることにすごく良い印象を受けました。
良く行くクリニックでもごくまれにありましたが年配の病気で病院へ来ている人に友達のような言い方でトークをしているどうなのかなという看護師がいてたまに気をそらしていました。
丁寧な言葉ではなく、知人のように声をかける理由は「敬語にすると水臭い感じに受け取られるかあるいは、かしこまりすぎない言い方方が親交しやすい雰囲気がでるから」などの気分があるのだと
しかし、そんな若輩な保健師さんが丁寧に会話しているのを目にしても、しかつめらしくなく、よほど生のままで快適なのです。
丁重な言いようは全くマイナスではないと思います。

つい最近、患者さんのことを「患者様」と呼び合うようになった大学病院が多くなっているみたいです。
「患者様」と呼ぶことで、その後を継ぐ言葉が砕けた言葉ではなんだかおかしくもちろん厳しい方言は適していません。

それから繋がる表現が自然に丁重になります。
丁寧語を使うということは人々と人々との結びつきを私にも相手側にも映すことになるので相手側の気持ちにも作用してあちらを敬うきもちが浮かぶのだと感じます。
反対に、「人を敬う心が、丁寧な言葉遣いになるのでは」と思えてしまいます。その若い助産師を実に輝かしいと思った騒動があります。
私の母と隣りのベッドの年配の患者が便をもようしたのでオムツを交換してほしいと看護師に連絡を入れました。
早番の担当から中番の担当にバトンタッチする時間がザワザワしている頃でしたから、その瞬間として看護師さんたちはそれぞれがザワザワと慌ただしそうに動いている時間です。

看護師さんは絶対必要なので再度研修制度を作って下さい

夜勤の勤務の看護師さんは懐中電灯を持って入院患者の病室へ行って様子を見て詰め所に戻ります。

病室の扉を静かに開けて中を見て終わりだと思うのですが、その見回りの時間が1時間に1回なのか30分に1回なのかその病院によります。

しかし寝れない人もいてちょっと開けたら起きてしまった、などと言う患者さんもいると聞いた事があります。

それに毎日午前2時や3時まで起きている場合、消灯が21時だとしたら寝られない人もいるみたいですね。

その場合詰め所に催眠導入薬を貰いにいったりするという所もあります。

もっと消灯時間を遅くして、テレビを見る時間も遅くしてくれたら良いのにと思ってしまいます。

しかし消灯時間は看護師が決めるのではなく病院側が決めるので、看護師さんに言っても駄目なのは判っているのですが。

消灯時間は駄目だと思っていてもこれだけは辞めてほしいのがあります。

薬を間違ってくれたら困るのでそれは辞めてほしい、後点滴などを消毒液と間違えないで欲しい。

そう言う医療事故を起こさないで欲しいと言う事です。

間違いがあったら死んでしまいますから、そう言う事は絶対にして欲しくないと思うのです。

医療の現場と言うのはいろいろな人が出たり入ったりで私は向いていないなと思うのです。

それに例えば産婦人科の看護師と脳神経外科の看護師さんは知っている事が違うのかも、それであればずっとその科で仕事をしていくことになりますね。

それなら結婚して子供を生んで、又看護師を病院ではなく開業医でパート勤めをするとしたら、再度研修制度みたいなものがあればやり易いのではないかと素人ながら考える訳です。

効率よく仕事をする看護師の話

私が一緒に働いていた看護師の中で、この人は本当にすごいと思った人がいます。

その人がすごいと思っているのは、まずなんといっても、効率よく働くことが出来るのです。その様に働きたいと思っていても、その事を忘れてしまって働くことができず、だらだらと働いてしまうと言うことがあったので、その看護師の仕事ぶりを参考にして働くことにしました。
そしてどのようにしたら、効率よく働くことが出来るのか、観察をしてみたのです。

すると、その人の動きをみることによって、仕事の流れを本当によく考えて動くことができているなと思ったのです。
まず、優先順位を素早く察知できると言うことです。

その仕事の中で、自分が今しなければならないことを、瞬時に判断して、素早く動くことが出来ているのでした。
その動きを見た時、それは長年の積み重ねによって、その様に動けるようになったのだろうなと思ったことでした。

すぐにその様にして欲しいと言われても、無理だと感じたのです。
そのため、その人の努力をつくづく感じたことでした。
また、優先順位をつけて働いていて、時間が余ると、ほかのことをすぐに決めて行動に移すことができると言うこともわかったのです。
そのため、限られた時間を本当に有効活用して、働くことによって、効率よく働くことができると言うことが分かりました。
そのことがわかったので、これからは私も優先順位を決めて、効率よく動いて、時間を大切に働いて行こうと思っています。

看護師の苦労話

■看護師としての業務にあたっているなかで、何か苦労したことはありますか、と聞かれれば、やはり忘れらないのがルーキーだった時代ですね。
どの職種もそうだと思いますが、当時を思い出すと、自分でも痛いくらいにストイックに仕事に励んでいて、身体も心もいっぱいいっぱいだった。
自宅に帰るのも、だいたい9時くらいだったと思いますが、ご飯は食べずに風呂だけ入って、10時には寝ていました。

それくらい精神的にも体力的にもいっぱいなところで頑張っていたように思います。

看護の業務にしても、看護のなかの人付き合いにしても、何も社会人経験があるわけでもなく、何かが足りないとなれば自分自身の力不足であったと思われますので、気持ち的にはまったくもって余裕の
仕事をしていました。

というのも、今年から仕事を始めました、というのは患者さんには関係なく、
勤め始めて1ヶ月でも15年でも、患者さんから見た看護師は看護師。
だから、何も未熟であることが許される感じはなくて、ただただ自分を責めていたと思います。

でも、
それから数年たち、育成担当者を経験するときには、そうした未熟さをさらけ出しても許されるのが唯一ルーキーの時代だけなのだから、分からないことは分からないで開き直り、精神的に自分を
追い込むことはしないほうがいいという結論になり、
そのような指導を心掛けました。
新人であった時代からそれほど時間が経っていないので、当時育成を担当したルーキーの看護師さんに対して、
それだけ良き理解者であれたかと思いますが、それは受け取り方の問題なので、実際のところは後輩に聞いてみないと分かりませんね…
■オペ室看護師時代

その後、外来勤務等を経て、オペ室勤務になった時期がありますが、当時の苦労話の筆頭は何と言っても「緊急呼び出し」ではないでしょうか。

予定された手術だけのはずもなく、事故は突然おきますので、その時に緊急性を要する救急患者の場合は、緊急のオペのために夜間でも勤務時間外でも構わずに呼び出されます。

これは気のせいかも知れませんが、やはり用事があるときに限って連絡が入ると、なぜ用事があるときに、と考えてしまうので、何かと用事があるときに限って緊急連絡が入っていたような
気がしないでもないですが、実際はそうでもない時も連絡が入ったので、その限りではないかと思います。

ただ、そうは言っても、自分の予定を差し置いてオペ室に到着すると、同じようにそれぞれ思いもかけない手術のために集合した医師や看護師のなかに、一種独特の連帯感が
生まれて、無事に手術を終えると、何とも言えない達成感があります。

結婚後して子供が生まれてからは、引き続き看護師を続けたいという思いと、夜勤等ができる状態ではなかったので、どうしたものかと迷いました。

結局、夜勤なしの総合病院で外来のパート求人に応募し、仕事をはじめていましたが、
2人目を妊娠した時点で、パートも辞めて専業主婦になりました。

■看護師としての再出発

看護師を辞めてから数十年。子供の大きくなり、そしていよいよ仕事へ復帰できる時がきたと思っています。

これまでは、看護師とはかけ離れた仕事をしていたので、現代の最新医療についていけるか不安はありますが、宮城県の仙台でもう一度看護師として、それも救急担当で仕事をしたいと思っています。

求人情報を色々探していますが、まだこれという仕事はありませんが、今の仕事が来年3月までなので、今度はその仕事が終わったあとにじっくり探したいですし、看護師求人仙台単発も含めて、色々と仕事を見ている段階なので、もし気になるところがあれば、すぐに応募して来年4月からの勤務開始でも可能か確認してみたいと思います。

いつかまた仙台で救急看護の仕事に携われるように、少しづつ看護の勉強を再開していきたいと思っています。

看護師を目指した本当の理由

今は、職業相談の相談員として勤務しています。ですがいつかは仙台に行って、看護師の仕事に就きたいと思っています。
とくに救急の看護に興味があり、その分野でカムバックを考えていますが、何分ブランクがその通り長いので、
すぐに復帰できるものなのか、不安が大きいのも事実です。

ということで、少しでも看護の現状を、吸収しておこうと考えて、サイトを通じて最近の看護師について、
調べています。

特別、現役の看護師のみなさんにしたら、当たり前のことで何も見る価値のない部分もあるかも知れませんが、
これから看護師を目指している人、そして同じようにブランクを埋めて再度看護師としての仕事を目指している人に対して、
何か少しでもプラスになれば幸いです。

さて、私自身がはじめて看護師になったきっかけを少しだけ書いてみたいと思います。

よく職業相談のなかで看護師の世界に居る人がくると、ついつい聞いてしまうのが、どうして看護師を目指したのか、
ということ。

そこで、
だいたい多い答えは、自分自身であったり、自分の身内の方の病気や怪我を経験するなかで、看護師の仕事に触れ合い、
自分も看護師になって、病気や怪我に苦しむ患者さんに寄り添いたいと思うのが一般的なようです。

でも、私の場合、なぜ看護師になったのかと聞かれると、ちょっと違います…

いつも、その質問を受けるために、取り繕った答えしか言ってこなかったのですが、今回ここで本当のことを書いてみたいと思います。

私が看護師を目指すきっかけになったのは、小学校のころからとても仲が良かった友達が看護師になることをずっと夢見ていたからです。

その友達は、どうして看護師になりたいのか、看護師の仕事はこんなにいいことがあるんだよ、などなど、看護師について、とても熱い思いを、
時間があるたびに私に話してくれました。

そして、ならその看護師になるためにどうしたら良いのか、いろいろ自分でも調べてみたら、病院付属の看護学校はちょっと難易度的に
難しい部分があったのですが、医師会が運営している看護学校であれば、中卒レベルの学力でも入学できるということが分かりました。

ようするに、うちは決して裕福ではなく、むしろその逆でした。
だから、心のどこかで親に負担を掛けたくないという気持ちがあって、学費が高いところは難しいという思いが常にあったのです。

両親も、言葉には出していいませんでしたが、看護学校へ行きたいと思っているということを告げると、やりたいことをやりなさいと言うだけで、
お金のことは何も言いませんでした。

そしていよいよ看護体験という機会があったので、そこにまずは行ってみようと思いました。
というのも、まだ心のどこかで、看護学校へ行くと、決断できていなかった部分があったので、まずはしっかりと見てみようと思っていたからです。

ですが、この体験に行ったとき、お借りした白衣に袖を通して、ちょっとウキウキした気持ちで患者さんの血圧を計ったり、熱を測ったり、
すこそ浮かれていたと思います。
そんな緊張感の少ない私ですから、別の病棟で全身ガーゼを当てられた患者さんをみたときに貧血で倒れてしまい、逆に看護される側に回ってしまうという
失態を起こしてしまいました…

この時点で、正直私は看護師は向いていないと思うところ、いつもあきらめの早い自分なのに、今回ばかりはこの状態を克服して、
絶対に看護師になりたいという反骨精神が芽生えました。

そんなに気持ち的に強くない私が、ばぜかこの時ばかりはなぜか力がみなぎり、何が何でも看護師になりたいと思うようになりました。
それから看護学校へ入学するための勉強を猛烈に頑張り、腫れて看護師になることができました。

これが、私が看護師になった本当の理由です。

看護師のやりがいとは

患者さんに心から穏やかになれるやすらぎを与えること

看護師のやりがいというのは、何も病気がなおる、怪我が治るという類のものだけでは表しきれない、
もっと精神性に近いものが大きいと思います。

それは、病気や怪我が治るというだけではなく、心から明るい未来を信じて、そして明日への生きる活力を与えられることです。
とはいえ、看護師のできることなどたかが知れています。患者さんの病気を治すことも、けがを治すことも、基本的に看護師のレベルではできません。
それは手術をしたり、処置をしたりするのも、全て補助でしかないからです。
医師の正しい診断と治療方針があって、そこに患者さんの早く病気を治して元気になりたい、早くけがを治して普段の生活に戻りたいという気持ちが相まって克服するものだからです。

なので、看護師の仕事は、そのような活動を通したところの、医師の補助でもあり、患者さんの補助でもあります。
行って診れば、医師と患者さんの手助けの存在でしかありません。

そのような仕事の日々のなかで、やりがいと呼べるものがあるとしたら、それはこの病院で良かった、早く治して元気になりたいという患者さんの気持ちの部分で補佐をすることです。

気持ちよさを提供するというのもひとつでしょう。
普段の生活では人のからだは常に気持ちよさを感じているわけではありません。
また、何が身体にとって気持ちのよいものかそこまで深くは身体のことを知りません。

例えば、寝たきりになってしまった患者さんの身体を拭いて差し上げるときに、背中に蒸したタオルを当てて少しそのようにしてあげると、患者さんは、温かいタオルが背中にあることで、
こんなに気持ち良いものなのか、ととても穏やかな表情をされます。

当然、その介助の時間も通常の倍かかりますが、それでも患者さんが気持ちよくされている姿をみると、こうした日々の細やかな気配りとそれを実現する配慮こそが看護のあるべき姿なのかなと
思います。

最新の先進技術を取り込んでも、例えば病気に対する知識を深めることも、医療技術の向上も看護師の職務としてはとても大切な、
仕事で、かつ重要ななくてはならない基幹の部分です。

でも、そのような技術や知識をどれだけ極限的に深めて、そこに患者さんが居なくてはならないわけです。

結局、お店ひとつ考えてもそうです。
どれだけ人気の商品を品ぞろえして、そして内装も最新の流行を取り入れて、お買い物の楽しさを最大限演出し、
それでお店の売上が上がるかと言えば、肝心なものを忘れています。

それはお客様です。お客様が来なければ、どれだけ売れ筋をそろえようが、どれだけ安く販売しようが、
内装をきれいにし、音楽も素敵なBGMをそろえても、お客様が来なければ意味がありません。

それと同じで、病院にとってのお客様は患者様です。
もちろんお店と違って、病院は本来は来なくいいなら出来るだけ行きたくたいお店かと思いますが…

どれだけ努力をしても、
それが結果として仕事に反映されなくては、要するに患者さんの心に届かなければ、それは半分しか仕事をしていないことになります。

知識も技術も、判断力も体力もすねに高いレベルでこなさなくてはならないので、ストレスもあるし、大変な仕事ですが、
だからこそ、高い志を持って、大局的にすべてに対して心配りを忘れてはなりません。

時には、医師から、そして患者さんから叱咤されることもあるでしょう。
それでも、それは期待の裏返しだと思って、これからも患者さんの心に寄り添って仕事をしていきたいと思います。
それが、看護師としての使命とはまではいいませんが、看護師にしかできないことであり、看護師の仕事だからです。